千利休と書道〜茶道に息づく筆の心〜

大阪・関西万博で、【一期一会】と書かせていただきました。
また、偶然ですが、今年の個展作品でも【一期一会】の掛け軸を制作することを決めていました。

【一期一会】は元々、禅の教えに由来する言葉で、
目の前の出会いを大切にという意味です。
千利休は茶の湯に「わび・さび」の精神を根付かせ、
茶会の一瞬一瞬を尊びました。
茶室の掛け軸に【一期一会】を書くこともあり、この言葉が茶会の心構えとして浸透したのは利休の影響が大きいとされています。利休の茶道は、まさに「一度きりの出会いを尊重しその瞬間を全力でもてなす」ことを基本としていました。
日本の伝統文化の中で、「茶道」と「書道」は、
どのような関係があるのでしょうか。
答えは、堺の茶人・千利休の精神性にあります。
千利休は、戦国時代に「わび茶」を完成させ、茶道を芸術の域にまで高めました。彼の茶道は、華やかさや派手さを排し、簡素で静かな「わび・さび」の美学を尊びました。その茶室は、ただお茶を飲む場所ではなく、精神を整え、心の交流を深める聖なる空間でした。
その茶室で重要な役割を果たしたのが「書」です。
床の間に掛けられる掛け軸には、禅語や利休が好んだ言葉が書かれ、茶会のテーマや精神性を象徴していました。禅の教えは、単なる飾りではなく、茶の湯の心を客に伝えるメッセージとして機能していました。
書は、文字の形だけでなく、その余白や墨の濃淡、筆の運びにまで意味が込められています。この「余白の美」は、茶道の世界で尊ばれる「静寂」に呼応し、場に落ち着きと調和をもたらします。まさに、千利休が求めた「わび・さび」の精神が、書と茶を通じて表現されているのです。
また、千利休自身も書をたしなんでおり、書風は、決して派手ではなく、素朴でありながら奥深い味わいがあります。禅の精神を反映されてきます。
現代の私たちにとって、書と茶は別々の芸術のように見えるかもしれませんが、両者は共に「所作」や「心」を重視し、簡素さのなかに深い意味を込める日本文化の根幹を成しています。筆を取り、墨をすり、文字を紡ぐ行為は、茶を点てる所作と同じで、心を整える行為です。
堺という地は、千利休ゆかりの地として茶道の聖地とされますが、同時に書の文化とも大きく結びついています。書が茶室の精神性を高める重要な要素とされ、堺の茶人たちは書をたしなみました。
千利休が書と茶の深い繋がりを伝えることは、IT化が進み、効率化を重要視している現代では、伝統の心を見つめ直す良い機会となると思います。
筆の一振りに心を込める。それは、千利休が生きた時代と同じ、今ここにある「一期一会」を大切にすること。書と茶が教えてくれるのは、そんな静かな時間の尊さです。